サリーとアン課題とは?心の理論と4歳の壁・ASDとの関係を解説
子どもの成長を見守る中で、ふと「この子は相手の気持ちや状況をどこまで理解しているのだろう」と感じる瞬間は少なくありません。発達心理学において、子どもが「他人の心の内側」をどのように推し量るようになるかを解き明かした世界的に有名な実験が「サリーとアン課題(Sally-Anne task)」です。
1980年代に提唱されて以来、子どもの認知発達や他者視点取得の成熟度を測る代表的な指標として世界中の教育・医療現場で活用されてきました。本稿では、テストの具体的な手順から「なぜ4歳を境に正解率が劇的に変わるのか」、そして自閉スペクトラム症(ASD)との関連性まで、客観的なデータと臨床知見に基づいて徹底的に紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:サリーとアン課題は、他者が自分とは異なる考え(誤信念)を持つことを理解できるかを測定する誤信念課題の代表格。
- 要点2:定型発達児は4歳児の発達段階を境に正解できるようになり、「心の理論」が芽生えた証拠とされる。
- 要点3:家庭での簡易テストによる安易なASD診断は禁物であり、言語能力や文脈理解を含めた総合的な観察が必要。
【実験手順と正解】サリーとアン課題の全貌とテストの仕組み
サリーとアン課題は、2つの人形を用いた短い劇形式の心理テストです。子どもに対して視覚的な物語を見せながら、登場人物の行動を予測させます。一見すると非常にシンプルな物語ですが、人間の高度な社会脳の発達段階を鮮やかに浮き彫りにする構造になっています。
実験手順と正解のプロセスは以下の通りです。
- 部屋の中にサリーとアンという2人の女の子の人形がいます。
- サリーはカゴを、アンは箱を持っています。
- サリーは持っていたビー玉(またはボール)を自分のカゴの中に入れ、フタをしてから部屋を出ていきます。
- サリーがいない間に、いたずら好きなアンはカゴからビー玉を取り出し、自分の箱の中に移してフタを閉めます。
- サリーが部屋に戻ってきます。
ここで、被験者である子どもに対して重要な質問(信念質問)を投げかけます。
「戻ってきたサリーは、ビー玉を探すために最初にどこを見るでしょうか?」
このテストにおける正解は「カゴ」です。なぜなら、サリーは部屋を出ていたため、アンがビー玉を箱に移した事実を知らないからです。サリーの視点に立てば、「自分が最初に入れたカゴの中にあるはずだ」と信じている(=誤信念を持っている)と推測するのが論理的です。
しかし、3歳前後の幼児の多くは「箱」と答えてしまいます。「自分が今、箱にあるのを見たから、サリーも箱を探すはずだ」と、自分の知っている現実と他者の持っている認識を混同してしまうためです。

【なぜ4歳で答えが変わるのか】心の理論と「他者視点取得」の発達
子どもが3歳から4歳へと成長する過程で、正答率は劇的に上昇します。この変化をもたらす脳内メカニズムが、発達心理学で極めて重視される「心の理論(Theory of Mind)」の獲得です。
心の理論とは、「他者には自分とは異なる独自の意図、信念、知識、感情がある」という事実を推測・理解する心の働きを指します。アメリカの霊長類学者デイヴィッド・プレマックらが提唱し、後に発達心理学者のサイモン・バロン=コーエンらが子どもの発達研究へと応用しました。
3歳頃までの子どもは、世界を「自分が見ている通り」に捉える自己中心的な認知構造の中に生きています。しかし、4歳児の発達期を迎えると脳の前頭葉や側頭頭頂接合部などの神経基盤が成熟し、以下のような高度な情報処理が可能になります。
- 他者視点取得の成立:「私は箱にあると知っているが、サリーは見ていないからカゴにあると思っている」という二重の視点を脳内でシミュレーションできる。
- 誤信念の理解:事実は違っていても、相手が「間違った思い込み(誤信念)」に基づいて行動することを予測できる。
なお、発達心理学ではサリーとアン課題と並び、「スマーティ課題(中身当て課題)」も頻繁に用いられます。お菓子の箱(スマーティ)の中に鉛筆を入れ、「開ける前は何が入っていると思った?」「次に部屋に入ってくるお友達は何が入っていると思う?」と尋ねるテストです。こちらも4歳を境に、過去の自分の誤解や他者の予想を正しく答えられるようになります。
【データ検証】定型発達と自閉スペクトラム症(ASD)の通過率比較
サリーとアン課題は、単なる幼児の発達測定にとどまらず、自閉スペクトラム症(ASD)の認知的特性を解明する歴史的な転換点となりました。1985年、バロン=コーエン、アラン・レスリー、ウタ・フリスの3名が発表した研究論文は、世界中に大きな衝撃を与えました。
研究チームは、平均精神年齢を満たす3つのグループ(定型発達児、ダウン症児、自閉症児)を対象にサリーとアン課題を実施し、その正答率を厳密に比較しました。
| 被験者グループ | 平均実年齢 / 精神年齢 | 課題通過率(正答率) | 臨床的・心理学的知見 |
|---|---|---|---|
| 定型発達児 | 4歳5ヶ月(精神年齢:同等) | 85% | 4歳前後で「他者の視点」を自然に獲得することを示す基準値。 |
| ダウン症児 | 10歳11ヶ月(精神年齢:約5歳11ヶ月) | 86% | 知的発達の全般的な遅れがあっても、心の理論は正常に機能する。 |
| 自閉症(ASD)児 | 11歳11ヶ月(精神年齢:約9歳3ヶ月) | 20% | 知的・言語能力が高くても、他者の心の推測に特有の困難を抱える。 |
このデータが示した決定的な事実は、「他者の心の推測の難しさは、全般的な知能指数の低さによるものではない」という点です。精神年齢が約6歳のダウン症児が高い正答率を示した一方で、精神年齢が9歳を超える自閉症児の約8割が「箱」と回答しました。
これにより、自閉スペクトラム症の本質的な特徴の一つとして「心の理論の獲得の遅れ・特異性」が学術的に確立されることとなりました。

【実態検証】利用者の生の声と現場目線で見えたリアル
保育現場、療育センター、そして家庭において、実際にサリーとアン課題を試した人々の観察記録や声からは、教科書通りの理論だけでは測れないリアルな実情が浮かび上がってきます。
療育現場で20年以上活動する言語聴覚士は、臨床の観察知見として次のように語っています。
「課題をそのまま見せるだけでは、子どもの本当の認知力を見誤ることがあります。たとえば、『サリーはどこを探す?』という質問の言語的意味が分からず、直近で見た強い刺激である『箱』を指差してしまうお子さんも多いのです。言葉を『サリーはどこにあると思っているかな?』と噛み砕いたり、人形の視界を物理的に遮る演出を強調したりすることで、正答できるようになるケースも珍しくありません」
また、子育てコミュニティや知恵袋、SNS上では、親たちのリアルな戸惑いが多く見受けられます。
- 4歳児を持つ親の投稿:「自宅でぬいぐるみを使って試してみたら、4歳半の息子が元気よく『箱!』と答えてショックを受けました。でも数ヶ月後に保育園の先生に相談したら、『言葉の質問の仕方に慣れていないだけですよ』と言われ、5歳を迎える頃には自然と相手の気持ちを言葉にできるようになっていました」
- 小学校低学年のASD児を持つ保護者の声:「8歳になってサリーとアン課題をやってみせたら正解できました。ただし、それは直感的に相手の気持ちを察したというよりは、『サリーはその場にいなかったから見ていない=知らないはずだ』と、まるでパズルのルールを解くように論理的に計算して答えている様子でした」
このように、定型発達児であっても4歳になりたての頃は質問のワーキングメモリ不足で間違えることがあり、逆にASD児が高年齢になってから論理的思考(補償戦略)によって正解に辿り着くケースも日常的に観察されています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
インターネット上やSNSでは、サリーとアン課題に関する断片的な情報が拡散され、保護者の不要な不安を煽るケースが散見されます。正しく理解するために、代表的な誤解を是正しておきましょう。
誤解1:課題に失敗したからといって即ASDとは限らない
「4歳になっても正解できない=発達障害」という解釈は完全な誤りです。課題に正解するためには、他者視点の理解だけでなく、「物語の因果関係を把握する言語理解力」「直前の記憶を保持する短期記憶(ワーキングメモリ)」「注意を集中させる実行機能」が必要です。言葉の理解がゆっくりな子どもや、集中が散りやすい子どもの場合、5歳頃になってから通過することも一般的です。
誤解2:課題に正解できたからといって社会性の問題がないわけではない
サリーとアン課題は、あくまで心の理論の「基礎的な第一段階(一次的誤信念)」を測るテストに過ぎません。現実の対人コミュニケーションでは、「Aさんは、Bさんが〇〇だと思っていると信じている」といった、より複雑な二次的誤信念や、皮肉・お世辞・文脈のニュアンスを汲み取る高度な社会脳が求められます。テストにクリアできたからといって、対人関係の困難がすべて否定されるわけではありません。
誤解3:自閉スペクトラム症の人に「感情や共感力がない」わけではない
「心の理論の課題を通過しにくい」という事実は、決して「他者への思いやりや情動的な共感がない」ことを意味しません。相手が痛がっていれば悲しくなり、助けたいと感じる情動的共感は豊かに持っているケースが非常に多くあります。困難が生じているのは「相手の知識状態や意図を頭の中で論理的に推し量る(認知的共感)」という情報処理のプロセスに過ぎません。

【プロの結論】発達特性に向き合う親・教育者が持つべき判断基準
心理学・発達支援の知見を踏まえ、子どもの発達に向き合う大人が知っておくべき明確な判断基準とアプローチを整理します。
家庭でテストを試す際のおすすめできる関わり方・避けるべき関わり方
- おすすめできる関わり方:
- 遊びの一環として気軽に行い、子どもの現在の捉え方を「面白い成長の一コマ」として肯定的に見守る。
- 日常の中で「ママは今これが見えないよ」「〇〇ちゃんは知っているけど、パパはまだ知らないよね」といった視点の違いを言語化して伝える。
- 絵本の読み聞かせなどで「この時、くまさんはどう思ったかな?」と登場人物の気持ちを想像する会話を無理なく取り入れる。
- 避けるべき関わり方:
- 家庭でのテスト結果を根拠に「発達障害かもしれない」と深刻に決めつける。
- 間違えた子どもに対して「なんで分からないの!サリーは見てないでしょ!」と叱責・詰問する。
- 正解を無理やり教え込もうとして、テストを何度も繰り返す(認知の成熟を無視した丸暗記に意味はありません)。
発達支援の観点から最も重要なのは、他者と自分との間にある「心理的バウンダリー(境界線)」を健全に認識させることです。「自分と他人は別の人間であり、見えている景色も知っている情報も違う」という当たり前の事実を、生活や遊びの体験を通じてじっくりと育んでいく姿勢が求められます。
【サリー と アン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:サリーとアン課題は何歳くらいから正解できるようになりますか?
A1:定型発達の場合、およそ4歳0ヶ月から4歳半を境に正答率が急上昇します。3歳児の多くは「箱」と答えますが、4歳を過ぎて5歳に近づくにつれて「カゴ」と答えられるようになります。
Q2:4歳半を過ぎても間違えてしまいます。すぐに病院を受診すべきですか?
A2:家庭での簡易テストのみで受診を急ぐ必要はありません。質問の言葉の意味を取り違えていたり、集中が切れていたりするケースも多いためです。もし日常生活の中で「目が合いにくい」「言葉の遅れが目立つ」「友達とのやり取りが極端に難しい」といった他のサインが重なって気になる場合は、自治体の乳幼児健診や発達相談窓口に相談することをおすすめします。
Q3:サリーとアン課題と「スマーティ課題」の違いは何ですか?
A3:サリーとアン課題が「他者がどこを探すか(他者の誤信念)」を第三者視点の人形劇で推し量るのに対し、スマーティ課題は「過去の自分自身の思い込み」と「これから来る他者の思い込み」の双方を問うテストです。どちらも心の理論の発達を測る誤信念課題ですが、アプローチの切り口が異なります。
まとめ:認知発達の多様性を理解し子どもの視点に寄り添うために
「サリーとアン課題」は、子どもが自分だけの世界から抜け出し、「他者には他者の世界がある」という豊かな社会性へと踏み出す瞬間を教えてくれる素晴らしい指標です。
4歳を境に見られる劇的な変化は、人間の脳の神秘的な成熟プロセスそのものです。また、発達のスピードや特性は子ども一人ひとりによって異なります。テストの合否という単一の基準に囚われることなく、子どもが今どのような視点で世界を眺めているのかを温かく観察し、日々の丁寧なコミュニケーションを通じて他者への関心を育んでいきましょう。 (出典: サリー と アン(Yahoo!ニュース))